「お給料は我慢料」という言葉を少し理解できた気がする。

高校を卒業してから、アルバイトという形で色々な職を転々としてきたんだ。
働くって事はさ、その業種にもよるんだけど結局「お金を得る」って事が最終目的だよね。
生きている限り食べていかなければならないし、
何処かに住まなければならないし、生活する為に働くんだよね。
最近になって、自分の中で心底理解できた言葉があるんだよ。
それは、誰かから耳が痛くなるほどに聞かされていた「お給料は我慢料」って言葉。
今年の自分は縁があった関係上、内職ワークを少しずつ始めてるんだけど、
自分の貰えるお給料が「完全成果報酬」という形に仮になった場合、
そういう環境に身を置いた働き方をすると、この言葉はひどく痛感するんだよ。
確かに、家から一歩も出ないで仕事が出来るなんて非常に楽だし今の時代の便利さを感じる。
会社に雇用されて、そこまで足を運ぶまでの時間や労力だって、
苦手だったり嫌いだったりする人達と同じ空気を吸って仕事をする居心地の悪さ全て含まれて
「我慢料」のお給料を貰っていたということなんだ。
在宅仕事なら、こういう面倒な事柄は省ける。けれども報酬の単価となると確かに苦しいもの。
つまり「お給料は我慢料」という言葉は、肝心なのは業務内容でなく、
その他の煩わしい事をどれだけ我慢できるか?それらを我慢することに真の価値があるのだよ。
と言われているような気がしたんだ。
当たり前のように雇用されて、働いていた時には決して理解できなかった言葉が
、今年理解できた気がしたのでした。